プロフィール

Es

Author:Es
東京のすみっこ在住
更新時間:深夜0時

夜寝る前に明日の不安で一杯で仕方がないという時に書き散らしています。
翌日になると最近はほぼ覚えていません。
みなさまにとっては全く有意義ではない自分の記録のみを書き綴っております。

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子供のころ、母の実家によく遊びに行った。
母の実家は千葉の房総半島の山奥で、近くに河があり
山があり、電車は単線でしかもそれを乗り継がなくてはならず
とてもとても辺鄙なところ。

電車は2時間に一本しか通らず、最寄の駅からはバス。
そのバスも3時間に一本。

バス停からも30分くらい歩く。

周りは鹿とか猿とか猪とか平気でいる。
とてもとても辺鄙なところ。

いつもは車で行くんだけど何回か電車で行った事がある。
乗り継ぎは簡単だけど、時刻表をみないで行こうとすると6時間はかかる。

時々思う。
どういう想いで母はこの地と家を捨てたんだろうって。

母がこの地を出たのは14の頃。
高校進学のためで、地元に高校はあるが超進学校しかなかったとのことで、実家が貧乏なのは学がないからだと思ったとのこと。
時は昭和30年代でまだ当時は女は高校なんかいかなくていいという風潮がまだあって、家で家事でもこなしながら地元の男性と結ばれるのが普通とされてた時代。
祖父は、千葉の田舎で漁やら猟やら農業の手伝いやらやってたらしい。
実際、母も祖父がどんな生業だったのか理解してない。

ただ、時々リアカーを引いてどこかに行ってしまい、家を空けたまま2,3ヶ月いなくなってしまっていた。
田舎の癖に土地もなく、特定の技術もなく、学もなく、よって時間ばかり持て余し、お金はなく学費にも苦労したとのことで
母の兄達は中学を卒業したらすぐに職人のところに弟子入りし働きに出たという。

自分の中にある一番古い祖父との記憶は、炬燵に座り何をするわけでもなく家族の話を聞いている祖父。
めったに話をしない人だった。
実際、話し声を聴いた記憶がない。
一度、祖父が大切にしていた舟に乗せてもらったことがある。
大人だったら3人も乗れば沈んでしまいそうな舟。
それに祖父と、叔父と、兄と、自分で乗った。
舵なんかなく、オールなんてものもなく、竹の棒きれ一本ですすむ舟。

30mほど進んだら祖父は竹棒を離してしまい、あわてて叔父が手でこいでる記憶と、舟が水漏れしてて結局100mしないで沈んだ記憶がある。

釣りを教えてくれたのは祖父。
竹の棒切れに釣り糸ではなくタコ糸を先に結びつけただけの釣竿。
エサはパンの耳。
今思うと、パン耳で釣れるのは鮒か鯉だとわかるけど当時はなーんもわからず黙って従って釣糸を垂れてた。
また、いまだと気づくんだけど鮒ならまだしも、鯉なんかが引っかかったら一発で折れるだろうなと。
それでも、祖父はいつも適当な竹を折って釣竿を拵えていた。
一度として釣ったのを見たことがない。
何度も何度も川に誘われていった。
でも毎回、パンの耳を川に流してるだけに見えた。
いつも自分はその魚のエサのパン耳を食べてそれを見てる。

どこまでいってもヘタレな祖父で、釣りをしてもダメ、舟を漕いでもダメ。
好きなのは花札と将棋と釣りと読経。
酒も飲めず、タバコも吸わず、子どもみたいにいつも遊んでばかり。
しかも1人で。
定職に付かず、というか社会に馴染めない人だったんだろうなと。
ただ、唯一の自慢は読経が出来たから地元にお寺がないことから住職の代わりにお盆や葬式のときにお経を読んだりしてたらしい。

母が子供のころからそんな感じだったとのことで、母は長兄に学費と生活費を月々援助を受けながら都会にある親戚の家々を転々と廻りながらご飯を食べさせてもらったり、住まわせてもらったり、働かせてもらったりした様子。

一番楽しかったのは本屋のバイト。
一番つらかったのは親戚の子どものベビーシッターだったとのこと。

母は高校時代のことを一切話そうとしない。

きっとつらかったんだろうなと思う。
つらいときの記憶や大変だったときの記憶って自分もそうだけど聞かれてもぼんやりとしか覚えてないもんだし。

時々、母も老いたのか地元を離れたときの事を話すようになった。
訛りがひどくて恥ずかしかったこと、お金がいつもなくて同級生に友達が出来なかったこと、遊んだ記憶よりお金を貯めて東京に住むんだって事だけを夢に見てたとのこと。

時々、実家を離れ1人生活するようになって思う。
巣立ちのときは人それぞれに遅かれ早かれ必ずどんな形かはわからないけども、わかりにくい形であるかもしれないが必ず訪れる。

いつしか自分を守ってくれるその存在もいなくなる。
自分を守るのは自分。
その自分を支えるのは明確な将来像。

こうありたい、こうなりたい、こうしたいという欲求と願望が自分を支える。

だけども、最近思うわけです。

そういうのが一切ない、祖父似の自分はどうすればいいんでしょうか

お母様。

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