プロフィール

Es

Author:Es
東京のすみっこ在住
更新時間:深夜0時

夜寝る前に明日の不安で一杯で仕方がないという時に書き散らしています。
翌日になると最近はほぼ覚えていません。
みなさまにとっては全く有意義ではない自分の記録のみを書き綴っております。

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0814

千葉に帰って3日目。
昨日は中学時代の友人と久しぶりに夕食を食べる。
懐かしく、思い出話が尽きない。

中学時代に友達だったけども高校は自分は実家の近くの高校。
友達は県外の進学校へ進んだため会うことはなく頻繁に会うようになったのは
暗黒時代と思っている25歳-27歳ころ。

友達は21歳、大学3年と11か月在籍し2月に中退。
単位も40単位程しか取っていなかったし、何よりヒキコモリ状態になってしまっていて
中退するしかなかった。

その後、ヒキコモリ2年→フリーター転々2年→日雇いバイト転々1年→嘱託業務派遣3か月勤務で鬱病認定
→地元に戻ってくる26歳。

地元に戻ってきているものの実家には戻れない友人は実家の近くでぼろいアパートに一人暮らしをしていた。
当時は、お気楽な感じで前職の退職金と貯金もあり、実家暮らしでのうのうとニートをしていた自分には
苦労人の友人はとても特異に映り、気もあったのでよく会ってた。
本当に汚い部屋で、読み捨てられた雑誌、飲み残しの入ったビールの缶、カップ麺の空き容器などがあちこちに散乱。
くさいし、玄関で靴を脱ぐのも嫌だったのでよく覚えてる。

安い酒を飲み、お金はお互いないので、何するわけでもないのにただ話をしているだけでそれなりに楽しかった。
ただ、大きく違ったのは自分は結局苦労知らずで、友人は苦労をして傷ついてそれなりに人生を自分の足で歩んでいたのに対し、自分はまだ、親も健在だったのと働いていたので大きな脛を齧りつづけるガキでしかなかった点は大きな違い。

自分は1年まるまるとニートをした後、今の仕事に転職。
友人はやはりずいぶんと苦しんで、たぶん30歳になるまでにその後も20社は転職。
フリーターも年齢的に厳しくなると、嘱託、請負で食いつなぎ、最後は馬券のダフ屋までやって最後は不動産屋に転がり込み、今は独立してる。

当時は、職に苦しむ友人を見て、なんで大学出てないくらいでここまで差別されなきゃならないんだこの国はと心から思った。

そして今は、不動産業界の懐の深さと、底知れぬ澱みにすこしビビってる。

なんか久しぶりに長文書いたら疲れた。
おやすみ。

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